高市の国会での発言を分析し、階級的にあばきだすために

高市の国会での発言を分析し、階級的にあばきだすために

 

 われわれは、高市の国会での発言を分析し、階級的にあばきだすとしよう。

 高市が国会で「私は何々いたします」、と言った・この発言の階級的意味を、われわれは分析しつかみとらなければならない。

 高市が「何々いたします」と言ったからといって、その内容は、日本帝国主義国家権力者・高市の意志の言語的表現そのものであるわけではない。高市はみずからの意志を現在の階級的現実に貫徹するために、そのように発言したのだ、というように、われわれは捉えなければならない。だから、高市は、労働者たちを中心にして諸階級・諸階層の人びとをみずからの国家のもとにからめとるために、したがってみずからの意志をそのようにして貫徹するために、その発言をしたのだ、というように分析しなければならない。われわれは、このような問題意識をもって高市の発言を直視して、内容上では、高市は、みずからの発言に、日本人は優越なのであり・日本国家は世界に雄飛しなければならない、という日本ナショナリズムをつらぬいているのだ、ということを、われわれはつかみとらなければならない。

 このときに、われわれは、高市の発言の内容を、現在の国際情勢ならびに日本の政治的・軍事的・経済的現実および階級情勢のもとでは、具体的にはどういうことを意味するのか、というように、その発言の内容を、高市が対決している現実そのものとの関係において分析しなければならない。これは、国家権力者の発言をその物質的基礎との関係において分析する、ということである。このようにして、われわれは、高市の意志そのものをつかみとるのである。高市は国家家力者なのであるからして、高市の意志は国家意志をなすのである。

 私が以上においてのべてきたことは、われわれが高市の発言を分析する・分析の方法をなす。これは、われわれが高市の発言という直接的現実を出発点にして、そこから下向的に深くほりさげて分析し考察するという、われわれがどのように考えるのかということの方法=論理をなすのである。

 これにたいして、われわれがこのような方法=論理を駆使して考えてつかみとったところのものが、われわれの分析内容=認識内容=把握内容=階級的にあばきだす内容をなすのである。

 われわれはこのように、自分が考えるということにかんして、自分がどのように考えるのかという方法=論理と、自分がこのような方法=論理を駆使して考えてつかみとった内容とに分化して、自分をふりかえり・省みて・考察しなければならない。

 前者の・われわれがどのように考えるのかということを明らかにするのが認識論である。これにたいして、後者の・われわれが対象を認識してつかみとった内容を文章として表現し展開したものが、存在論とよばれるのである。

 このことと次のこととを区別しなければならない。

 われわれが、われわれの対象・あるいは・対象とわれわれ自身とをふくむ全体・あるいはまた・対象に働きかけているわれわれ自身を、対象的に分析することを、対象や主体の存在論的分析・あるいは・対象や主体の対象的=存在論的分析とよぶ。これにたいして、われわれが対象を変革するためにみずからの指針を構想し・どのように実践するのかということを主体的に解明することを、われわれの実践そのものの主体的解明とよぶ。われわれは、この二つのアプローチのちがいを把握しなければならない。

 われわれは、以上のようなことがらをしっかりとつかみとり、これを適用して考えよう!

 

われわれは現実を下向的に深くほりさげて分析し考え、実践の指針を構想する