詐欺・投機・投資、塩漬け

詐欺・投機・投資、塩漬け

 

 われわれは、経済の現状を分析するためには、経済的現実の下向分析に、マルクスの『資本論』やレーニンの『帝国主義論』(あるいは宇野弘蔵の「帝国主義段階論」)や大内力の「国家独占資本主義論」やまたわれわれの諸理論を適用しなければならない。これらの諸理論が展開されている諸著書を読むだけで大変である。これは、順次一歩一歩読んでいく以外にない。それとともに他面では、このような分析(宇野弘蔵が言うところの「現状分析」)をやるためには、ブルジョア経済学者が分析しているものやいろいろと報道されているものを批判的に検討しなければならない。われわれは、ブルジョア的に使われている経済用語、これの概念の内容そのものを批判的に検討し、もろもろの用語を取捨選択して、われわれもまた使う用語については、われわれがその用語にこめる概念の内容をはっきりさせて使わなければならないのである。ブル新(ブルジョア新聞)で使われている用語をそのまま使えば誤謬になる。ブルジョア的な階級的価値意識が貫徹された用語を肯定的に使うことになってしまうからである。とはいっても、巷にあふれている経済用語の何らかのものをわれわれもまた使わないわけにはいかない。それらのなかの新しいものは、新たに生起した経済的事象を新たな言葉であらわしたものであるからである。ここに、概念批判ということが重要になってくるのである。

 そこまでいかないのであるが、ごく常識的なことを考えよう。

 今日の金融市場の動向を分析するばあいには、「投機屋ども(金融諸機関・諸独占体・個人投資家)が金融的利益を得るために資金を投機的に運用している」というように分析することが問題となる。ここに言う「投機」とは何か、ということである。

 巷で常識的に言われる詐欺・投機・投資の区別を考えよう。

 ねずみ講とか、「牛に投資しましょう」と言って、牛をまったく飼っていないのに老人などから資金を膨大に集めてトンズラしてしまう、とかというのが詐欺である。これにたいして、投機は、「相場」と呼ばれる何らかの市場——昔なら小豆とかコメとか、今なら株式市場とか外国為替市場とか——に資金を投じて、当該のものの価格の変動を利用して利ザヤを稼ぐものである。さらに、投資は、典型的には、当該企業の成長を見こんで配当をえるために株式を買う、というようなものである。満期までもっていることを目的にして国債社債を買うのもこれにあたる。いま勧誘が盛んな「投資」と呼ばれているものは、「投資信託」などのように、資金を投機的に運用している会社や銀行に自分のお金をさしだす、というものが多い。

 典型的なものを挙げればこのように区別されるのであるが、「投資」と呼ばれているものにも、「詐欺まがい」とか「詐欺的手法」とかがあるので、三者の境界線はあいまいである。リーマン・ショックのときに金融市場の崩壊をもたらしたものは、住宅を買うために貧困層に銀行が貸し出した資金、つまり銀行からすれば債権、この債権をもとにし他の債権も混ぜて複雑に組成してわけがわからなくされた証券の価格の暴落であった。この証券は、優良という格付けがなされて、世界中に売りさばかれていたのであった。信用不安とともに、この証券の価格が暴落したのである。この結果を知ったうえで今から考えれば、貧困層がその住宅ローンを返せなくなることはわかりきったことであり、この証券の販売は「詐欺まがい」「詐欺的手法」と言えるのであるが、その販売の喧騒の真っただ中では、経済学者が高尚な理論的基礎づけをやって、投資家たちはそれを信じていたのである。私は、このリーマン・ショックの何年か後に、いろいろと分析しているものを読んで、こういうことをつかんだにすぎない。

 今日の帝国主義経済のもとでは、金融資産の膨張は、金融市場における資金の投機的運用を基礎としたものである。

 わかりやすいものとして、現下の円安ドル高のもとでの円資金の運用を考えよう。

 1ドル=150円のときに150万円を投じてこれをドルに換えアメリカ国債を買ったとする(あるいは、150万円をドルに換えてアメリカの銀行に預金したとしてもほぼ同じ)。この資金運用者は、1万ドル分のアメリカ国債を手にするわけである。またたく間に1ドル=160円にまでドル高円安となり、——アメリカ国債の価格は下がっていず(つまり金利の上昇=国債価格の下落となっていず)、——この時点で1万ドル分のアメリカ国債を売り、円に換えたとする。そうすると、この資金運用者は160万円を手にするのであり、10万円儲けたわけである。ぼろ儲けである。このゆえに、投機屋どもは、こうした投機に群がるのである。

 しかし、いまが危ない。FRBアメリ連邦準備制度理事会——中央銀行にあたる)がいつ利下げに踏み切るかわからない。利下げすると予測されるとドル安円高に振れるのであり、1ドル=150円よりも大きくドル安円高になる可能性がある。そうすると日本のこの資金運用者は元金をも手にすることはできなくなるのである。こういうのは、一般に「詐欺にかかった」とは言わない。「投資に失敗した」というのである。この資金運用者が普通の人であるとすれば、アメリカ国債を売ることはできなくなり持っている以外になくなる。こういうのを一般に「塩漬けにする」というのである。リーマン・ショックのときには、いろんなものを「塩漬け」にした人が多いわけである。——価値法則は盲目的に貫徹するので、どうなるのかを予測することはできない。

 テレビを見ていると、株の相場を解説している人は、だいたい視聴者に株を買うように誘導するようなことを言う。「危ない、危ない」とよく言った人はすぐに消えてしまった。首を切られてしまったのか、当人が愛想をつかせて辞めてしまったのかはわからない。どうにでも取れる・当たり障りのないことを言っている解説者がずーっとやっている。解説者は独占資本家どもの代弁をやらないことには飯を食えないので、当然のことではある。

 以上のことを知っていると、金融市場の動向を分析するのに、少しは役に立つのではないだろうか。