現代世界の実体は、われわれの主体的な活動・実践ではないか
情勢分析の方法で言う、階級的諸実体とか、党派的諸実体とかと呼んできたところのものは、階級的諸動向・政治的諸動向の担い手ということなのだから、「実体」と呼ばず「担い手」と呼んだほうがいい。そして、われわれの関心の度合いを下げたほうがいい。われわれは、もっとわれわれの主体的な活動・実践に関心を集中したほうがいい。私はこう思う。
だからまた、場を構成する諸実体と言わないほうがいい。場とか場所とかと言わないほうがいい。敵階級とたたかうわれわれ、そして労働組合、このわれわれの主体的な活動・実践というように考えるのがよいのではないだろうか。こう考えて、このことにわれわれの注意を集中する、と。私はこう思う。
現代世界の実体は、われわれの主体的な活動・実践である、プロレタリアートの主体的な活動・実践である。そして、プロレタリア革命の実体的基礎を創造するためにわれわれは実践するのだ、というように考える、と。
これが、私が目が覚めてから、いろいろと思案しながら考えていることである。