われわれは、もっともっと参政党の伸長に危機意識をもとう! 極右勢力の策動を、労働者の団結でうち砕こう!

われわれは、もっともっと参政党の伸長に危機意識をもとう! 極右勢力の策動を、労働者の団結でうち砕こう!

 

 われわれは、もっともっと参政党の伸長に危機意識をもとう。

 労働者・学生の闘いの前進は、われわれ自身が、どれだけ・どのような危機意識をもつのかそのものにかかっている。われわれが、どれだけ怒りをあらわにし、熱情をみなぎらせて、しゃべり・書くのか、ということにかかっている。

 若い労働者たちや学生たちは、過去の侵略戦争のリアルな現実や、天皇制国家の蛮行を知らない。論議するわれわれ自身が戦後生まれである。ここを突破しなければならない。

 私が「核武装」「参政党」-検索とやると、さや(塩入清香)が「核武装は安上がり」と発言したという記事が出てきた。この人物は、「徴兵制」まで主張していた極右の極右である。参政党は、その公式見解よりももっと極右の主張をする人間を加入させて、組織をつくっているのである。こういうことがわかる。

 こういうことを徹底的に暴露しなければならない。

 治安維持法を賛美した神谷にかんする赤旗記事と、神谷の国会「質問主意書」については、わが仲間が教えてくれた。

 こういう新聞記事などを印刷して、労働者たちや学生たちと読み合わせて、ああだ、こうだ、とワーワー論議するのがいいのではないだろうか。

 新聞記事は、聞いたものを記者が書いたものという二次資料だが、リアルである。これを読んで、みんな、それぞれ自分自身の感性を働かせるのがいい。何に・どのように怒るのかはそれぞれ違うからだ。それをつきあわせて、感化しあい、頭を働かせて、ほりさげていくのがいい。

 赤旗の記事を読み合わせて、「これを書いた記者はやっぱり共産党員だなあ。治安維持法にたいする感覚がへなちょこだよ」、などと論議するのもおもしろい。記事の内容を、それを書いた主体との関係で分析し検討する、ということである。こういう読み方を、論議した労働者たちや学生たちにつくることができる。

 われわれは、自分自身が、ワーワー怒りしゃべらなければならない。論議している労働者たちや学生たちは、われわれのこの感情を感じて、「エッ、この人はこんなふうに感じるのか」、というように、自分にはない新たなものをそこに見いだし、それに感じ入り、それをおのれのものとしていくのである。

 こういう体験を基礎にして、労働者たちや学生たちは、変わっていくのであり、自己を変えていくのである。ひとは、新たなものを獲得することなしには変わることはない。

 労働者たちや学生たちに自分の感想や意見を言わせて、それを論争で論破して、彼を変革する、ということは不可能である。彼は、いまの自分にはない新たなものを獲得することなしには、自分を変革することはできない。彼は、討論している相手であるわれわれの感情をわがものとすることを基礎にして、自分を変えるのである。これは、うまれてきた赤んぼうが、母親の感情をわがものとして自分の感情を形成するのと同じである。プロレタリア的感性と共産主義的意識もまた、そうなのである。