参政党を「外国人排斥」だ、と批判するにとどまることなく、排外主義の貫徹だ、と批判するのは、よりいっそう高い意識を必要とする

参政党を「外国人排斥」だ、と批判するにとどまることなく、排外主義の貫徹だ、と批判するのは、よりいっそう高い意識を必要とする

 

 参政党の、外国人労働者の導入を制限しよう、という主張を、外国人排斥だ、というように批判するよりも、これは排外主義の貫徹だ、と批判することの方が、よりいっそう高い意識を必要とする、といえる。

 外国人労働者が過酷な労働条件のもとで働かされていることを押し隠して、中国人の資本家が高級分譲マンションの部屋やリゾート地を買い占めているというようなことがあたかも外国人一般の行動であるかのように宣伝して、外国人への敵愾心をあおる、ということにたいしては、人道的な意識をもっている人は、「これはおかしい」と怒るのである。われわれは、このような人たちの意識を排外主義に反対する意識へとたかめていかなければならない。

 参政党の神谷は、「大東亜戦争のように戦い抜いてやる」などと叫ぶ人間である。資本家階級と彼らがにぎる国家は、資本を増殖するというみずからの利害を貫徹するために近隣諸国に侵略することをくわだてるのである。彼らは、この侵略戦争に労働者・勤労者・学生たちを動員するために、「天皇陛下のために」とか「お国のために」とか「親・きょうだいを守るために」とかと宣伝して、すなわち、「日本への侵略をくわだてている外国から日本国家を守らなければならない」という日本ナショナリズムイデオロギーを流布して、人びとを国民=民族として国家のもとに統合するのである。このとき、日本の外側に敵国とみなす国をこしらえあげ、この国への敵愾心をあおるのである。これが、第二次世界大戦のときには、中国人への蔑称であり、「鬼畜米英」であったのであり、いまは、中国・北朝鮮・ロシアへの敵視なのである。したがって、ナショナリズムイデオロギーは、排外主義、民族排外主義のイデオロギーなのである。

 このことから考えるならば、外国人労働者への敵愾心をあおる外国人労働者排斥の宣伝は、この排外主義の外国人労働者問題への貫徹だ、ということがわかるのである。

 だから、われわれは、外国人労働者の排斥に怒りをもやす人たちの意識を、排外主義そのものに反対する意識へとたかめていかなければならないのである。そして、労働者・勤労者・学生たちは、労働者階級として階級的に団結して、若者たちを兵士として侵略戦争に動員することをくわだて軍備を着々として増強している自国政府を打倒しよう、というように、われわれは呼びかけ、彼らを組織していかなければならない。