パート労働者の労働時間計算の「15分刻み」は搾取を強化するものだ、と論議しよう

パート労働者の労働時間計算の「15分刻み」は搾取を強化するものだ、と論議しよう

 

 私が働いていた養護老人ホームの厨房の仕事の、パート労働者の労働時間の計算のし方は「15分刻み」であった。たとえば、18時までが勤務指定時間であったとして、18時14分にタイムカードをおすと、14分間分が切り捨てられ、18時までしか働いた時間として計算されなかった。15分を過ぎてはじめて、15分の残業時間と計算された。その区切りは、0分、15分、30分、45分であった。それで、われわれパート労働者たちは、「15分刻み」と呼んだ。

 これは労働基準法違反であった。法的には、働いた時間どおりに計算しなければならないとされていたからである。われわれ労働者たちは、頭にきて、仕事を見つけたり、仕事をしているふりをしたりして、区切りの時間を過ぎてからタイムカードをおした。管理者は、「勤務指定時間内に仕事を終われ」と命令してきた。これはものすごい労働強化を強いるものであった。この攻防戦だった。

 私が労働基準監督署に行って話したときには、その職員は、「それは違反ですね。申請してくれれば、勧告書をだします」、という返事だった。しかし、その話しぶりは、大変ですね、と装ってはいるが、「そうやっても、経営者は屁のカッパでしょうね」、というような白けたものだった。私は、あたかも頭にきたかのように、職員と相談者のみんなに聞こえるように大声で、「こういうことは、労働基準監督署が主体的に職場に入って摘発しないとダメじゃないか。主体性をもちなさい」、と説教して帰った。職場での力関係を変えないことには何も変わらない。当該署も、ブルジョア国家機関の末端の組織の一つにすぎない。この機関は、労働者を懐柔することをその任務とする。ここで働いている職員は、彼らもまた、自治体という機関に搾取されている賃金労働者なのだ。彼らも人員が少なくて、労働強化を強いられている。私の相手をした職員も、そう泣き言を言っていた。こういう仕事ぶりでなければ、やっていられない。

 支社長と各級の管理者が職場にきたときに、私は彼らと話したが、支社長は、「社会的にはどこも15分刻みです。30分刻みのところもあります。労働基準監督署に行くと勧告書を出してくれるでしょう。人事のほうに言っておきます」、と平然としていた。

 私は、これらのことを職場の労働者たちを話した。

 どの職場も、こうだ。

 われわれは、「15分刻みはおかしい。働いた時間どおりに支払うように要求しよう」、と職場の労働者たちと話しするにとどまってはならない。

 働いた時間に従って賃金を支払うという賃金の支払い形態それ自体が、労働者をだますためのものなのである。労働者は、働く前にすでに自分の労働力を商品として資本家に売っているのである。企業経営陣たる資本家は、労働者の労働力を買っているのである。労働力を買い取った資本家は、「この労働力は俺のものだ。この労働力をどう使おうと俺の勝手だ」、と労働者たちをこき使うのである。資本家は、自分のものとして自分の思いどおりに、労働力の使用価値を消費するのである。彼らは、このように、労働者から労働を搾り取るのである。彼らは吸血鬼のように、労働者から労働という生き血を吸い取るのである。

 彼らは強欲である。彼は意地汚い。彼らは、労働者から、1日に14分59秒でも多く労働を搾り取ることを追求しているのである。14分59秒でも多く労働という生き血を吸い取り、みずからの資本を増殖させることを企て、実行しているのだ。これが、15分刻みなのだ。

 われわれは、このように労働者たちと論議し、「資本家どもによるこのような、われわれの労働の搾取に断固として対決しよう」、というように論議し、意志一致し、断固たる戦闘態勢をとって、これらの職場の仲間たちを階級的に変革していこう!