魚も鏡で自分がわかる。ましてや人間は。
幸田正典著『魚にも自分がわかる 動物認知研究の最先端』(ちくま新書)の書評(中村桂子)が東京新聞(2021年11月20日朝刊)に載った。
これがおもしろい。
体表につく寄生虫を捕る習性のある熱帯魚ホンソメワケベラに鏡を見せた。そうすると、最初は鏡を攻撃していたホンソメが、三日目ごろから鏡の前で逆さになったり踊ったりする行動をとりはじめ、一週間で攻撃をやめた。
そこで、この魚の喉に茶の色素を注射した。鏡を置かないと何ごとも起こらなかったのだが、鏡を置くと、このホンソメは喉をこすった。
このホンソメには、鏡に映っているのが自分だ、とわかったのだ。
著者は「あまりの衝撃に『オーっ』と叫んだ。ほんとうに椅子から転げ落ちそうになった」という。
魚にも自分がわかるのだ。
マルクスは『資本論』の価値形態論において商品の「価値鏡」を明らかにした。商品は、自分が関係をもつ他の商品の体(からだ)すなわち使用価値を自分の鏡として、これに自分の価値を映しだすのである。
人間は他の人間を自分の鏡とする。
私は若い労働者や学生に話しかける。話しかけられた彼や彼女は、ニッコリしたり、嫌な顔をしたり、さらには、私の言うマルクスの精神を聞いて自分をプロレタリアとして自覚することを決意してくれる。
私が話しかけた彼や彼女は私の鏡なのである。彼や彼女がどのように反応し、どのような人間になってくれるのか、ということに私自身が映しだされるのである。このことにおいて、私は私がマルクスの実践的立場をどれだけわがものとしえているのかを自覚するのである。
魚でも自分がわかる。
ましてや、われわれは人間である。われわれは自分が接し働きかけるこの人・あの人を鏡として、おのれ自身を省みて、おのれ自身を変革していくのでなければならない。